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赦し

もうずいぶん昔、音大時代に音楽美学の授業を受けたI先生のブログの
「謝罪考」という一文に感銘を受けたことがありました。
それを思い出したのは、今朝、愛読している山元加津子さんの「かっこちゃんメルマガ」に、赦しについての一文があったから。
この一文は以前かっこちゃんのメルマガで一度読んだことがあって、その時も胸が震える思いをしましたが、
同じ思いをされた方が、ご自分のブログにそれを転載されたそうなのです。
かっこちゃんの元の一文は、以下のとおりです。

私はもうひとつ、旅の間中考えていることがありました。
毎日メールをくださる方に、どうしても、
私の思いをお話ししたいと思っていたのです。
これまでも、何度もそう思いながら
言いだすことができなかったけれど、
旅が終わったらお話ししてみよう。
自分の思いを伝えてみようと思っていました。
その方には、お嬢さんがいらっしゃって、
過失による事故で、今はベッドに寝たきりになっておられるのだそうです。

どうしても、事故を起こされた方を許すことができなくて、
もし、事故に遭っていなかったら、
今、お嬢さんは、就職もし、結婚もしていただろうと思うと、
相手が幸せになるのが我慢できないとメールに書いておられました。
そして、保険金以外に、毎月必ず同じ日に、同じ時間に、病院に来て、
謝ることというのを、条件の一つにされたのだそうです。

旅から帰ってパソコンをあけると、その中に、その方からのメールがありました。
「・・・どんなことがあっても、必ずその日のその時間に病院に来るというのが条件だったのに、
今月はどうしても来れないので日を変えて欲しいと加害者から電話がありました。
そのようなことは許されることじゃないということが、加害者にはわからないのです。
どんなに大切な予定であろうと、将来に関わることであろうと、
加害者にはそのような未来があって、被害者はただベッドの上で寝ているだけ。
せめて月に一回のその日くらい、どんなことがあっても、償うということができないのかと
腹立たしく、申し出は断りました。

私たちには一生幸せなんて来ないのに・・・
幸せになる方法があったら、教えてほしい。
私はいつもそう思っています。・・・」

いただいたのは、旅の間に決めたことを、お話ししたらいいよと誰かがそう言っているようなそんなメールでした。
私は幸せになる方法、わかります。知っています。相手の方に、
《もうあなたは充分つぐなってくださったから、
もう私たちのことは忘れて幸せになってくださいね。
あなたの幸せを祈っていますね》
とお話しされること、そのことのように思えてならないんです。

私はそのことで、きっときっとお二人が幸せになられると信じます。
お嬢さんとお二人、どんなにおつらい日々を送っておられるだろうということ、
私、充分わかっているつもりです。けれど、
私は恨んでいる間は、つらくて、幸せには決してなれないんだって、知っています。知っているつもりなんです。

メールをいただいているうちに、どんどん大切になったから、
私、旅の間中、帰ったらそのことをお話ししよう。
勇気を出してそうしようと思っていました。

書いてからもまだ、迷って、でも、エイっと送信ボタンを押しました。
今日一日、「どんなふうに思われただろうか?怒っておられるだろうか?」と何度も考えました。
けれど、すごくうれしいメールをいただいたのです。
私うれしくてうれしくて泣きました。
『かっこちゃんからのメール。
いったいかっこちゃんは何様のつもりなんだろう。何を言ってるのだろう。話にならないと正直思いました。
それなのに、私自身、メールを閉じて、娘とテレビを見て、テレビを消して、
ふと、 相手に電話をかけてみようと そんな気持ちになりました。
そして、電話をかけたあと、私自身もわけがわからなくなって、口走っていたのです。
「もういらっしゃらなくてもいいですよ。充分償ってくださったのですから、
幸せになってくださいね。私もあなたの幸せを祈っています」
と言いました。
おまけに私は
「あなたのご両親も本当に良い方ですから、あなたの幸せを祈っているでしょう。
長い間ご両親にもあなたにもつらい思いをさせてしまってごめんなさいね」
と言いました。

いったい私のどこにそんな優しい言葉があったのか、自分でも驚いています。
電話の向こうから嗚咽が聞こえました。
私も言葉が続かなくなって、受話器を置きました。
置いたとたんでした。 不思議なことに、
かっこちゃん・・・・
受話器を置いたとたん何が起きたと思いますか?
今まで感じたことのないような幸せな気持ちにつつまれて、胸がいっぱいになって、
娘を抱きしめて泣きました。
「よかったんだね、これでよかったよね」と言うと、
娘が「ママ、よかったね。ママ、よかったんだよ」と言いました。
娘は「もういいよ」とこれまでも何度も言っていました。でも、私は許せなかった。
娘は、また「ママ、よかった、本当に」と言いました。

かっこちゃんは、 こうなることがわかっていたのですか?見えていたのですか?
テレビを見終わった あの一瞬に何が起きたのか、何か導かれるようにかけてしまった電話ですが、
もし、体の不自由な宮ぷーのところに毎日欠かさずに出かけているかっこちゃんでなかったら、
私はこんなこと絶対にしなかったはずです。
これから、今日のことを後悔することがあるでしょうか?
実はまだわかりませんが、
私の口から出た「今までごめんなさいね」の言葉がかっこちゃんの言葉でなくて、
私の心から出た言葉であるならば、私の中にもまだそんな心が残っていたのでしょうね・・・・ ・・・』

私も一緒に泣きました。 そうですよね。恨んでいては決して幸せになれない。
自分が辛いときに、相手も辛ければいいなんてことあるはずがないですもの。
私はお二人を本当にすごいなあと思います。
「ごめんなさいね」とおっしゃられたこと、私、本当に尊敬します。
今日はそんなうれしいことがありました。

この記事をご自身のブログに転送された方のサイトを覗いてみたら、
こんなエピソードが載っていました。

漫画家として原稿は命です
⁡徹夜で仕上げした原稿を
担当編集者がタクシーの中に
置き忘れるという事件が起こったのです

まっ青になって漫画家に戻ってきた編集者
無くした原稿を探していては締切に間に合いません
⁡ひたすらに謝って
「先生!もう1度、同じ原稿を描いてください」
とお願いします。
それを聞いた漫画家からは驚きの言葉が。
「まだ時間がある。飲みに行こう!」
⁡冗談ではなく、本当に、編集者を誘って飲み屋へ行く漫画家

ひと飲みしてから再び仕事場に戻り、
描き直した原稿をきっちりと編集者に渡しこう言いました。
⁡「2度目だから、うまく描けたよ」

この漫画家はあの赤塚不二夫さん
⁡すでに終わってしまった事、元に戻らない事を、
⁡怒ったり、悔やんだり、ネチネチと文句を言っても、
⁡何も変わらないのです。

この2人の物語から学ぶことは、許す心の大切さです。
⁡もし自分に不利益なことをされたら、
この機会こそ、自分の器を大きくなるチャンスなのです。
許せないこころを手放してみませんか
許す人には、限りない魅力がある。

ーー引用終わり。

深く胸に響く記事でした。

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