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優しさ

毎年この季節になると、團伊玖磨作曲の「花の街」をレッスンに持って来られる方が増えます。
この曲の歌詞を書かれた江間章子さんは花がお好きだったそうで、親交のあった團伊玖磨さんに花押印をプレゼントされたこともあった由。江間さんの手になる「夏の思い出」の歌詞にも、「水芭蕉」、「石楠花色」と素敵な言葉が美しく配されています。

この「花の街」の歌詞、1番と2番は明るく美しく爽やかで、まさしく「花の街」のイメージを髣髴とさせる内容ですが、3番はなぜかもの悲しい歌詞になっています。

すみれ色してた窓で 
泣いていたよ 街の角で 
輪になって 輪になって 
春の夕暮れ 
ひとり寂しく 泣いていたよ

敗戦後まだ復興の途上で日本が「瓦礫の街」だった時代、NHKの委嘱で作られたこの詩を読んで、作曲担当の團伊玖磨氏は最初、驚きと訝しみを感じたそうです。しかし、やがて明るい「花の街」になってほしいという未来への祈りを感じ、同じ祈りで曲を付けたと。
團伊玖磨氏のエッセイに書かれたこのエピソードに感動しつつも、私は3番の歌詞がどうにも心にうまくおさまらず、なぜ敢えてこの歌詞が書かれたのか、どんな気持ちで歌えばよいのか、ずっとスッキリしませんでした。

しかし今、思います。春の訪れを喜び、輪になって駆けていく子どもたちの群れに入れず、人知れず街の片隅で膝を抱えている子もいる、ということ。世の中には、ともに喜び、笑い、楽しむ輪の中に入れない人もいるということ。世の中には、常人の想像の及ばないさまざまな事情でオミットされている人が必ず一定数いる、という事実。そういう人たちの存在に目を向け、詩の中に含み込む江間さんの優しさが、この3番の歌詞に結晶しているのだと。そして、敢えて3番を省かずに作曲した團伊玖磨氏の心にも、きっと江間さんの優しさが響いていたのだと。

音大生の頃、師事していた先生がしみじみと「私、優しい人になりたい、って思うのよね」と仰ったことがありました。竹を割ったようにさっぱりとしたご性格で、複雑な悩みを抱えていた当時の私にいつも優しく寄り添って下さった先生でした。そういう方がわざわざ「優しい人になりたい」と口に出して仰ったその心境は、今となっては計り知れませんが、その言葉がなぜか心に響き、私も優しい人になりたいと思ったものです。そして40年以上を経て、今、この詩に籠められている優しさが少しだけわかる気がするようになった、そのことに静かな喜びを感じています。

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