メーリケの詩に「Er ist’s」という作品があります。かすかに兆した春の訪れを喜ぶ内容ですが、それに対してこの題名。英語に直訳すると「He is it」で(こんな英訳で通じるのかな?)、日本語に直訳すると「彼はそれだ」となります。彼って誰?それって何?実は、ドイツ語は名詞が男性、女性、中性の3種類に分かれるので、当該の名詞を代名詞で受ける時には「彼、彼女、それ」という人称代名詞を使うことになります。そして「春」が男性名詞なので「彼」にあたるerで受けていると見て、この題名は「春だ」と訳される場合が多いのですが、それではesは何を受けているか?esはその前の文意を受けることもありますが、この詩を見ると、esもやっぱり春ですよね。
Frühling läßt sein blaues Band
Wieder flattern durch die Lüfte;
Süße,wohlbekannte Düfte
Streifen ahnungsvoll das Land.
Veilchen träumen schon,
Wollen balde kommen.
– Horch,von fern ein leiser Harfenton!
Frühling,ja du bist’s!
Dich hab ich vernommen!
春が青いリボンを
再び空にたなびかせる
懐かしい甘い香りが
胸をときめせながら大地に触れる
菫は夢見ている
間もなく花を咲かせようと
・・・お聴き、遠くからかすかにハープの音が!
春よ、そう、おまえだね!
おまえの訪れをぼくは聴いたよ!
肌で風を感じ、鼻で香りを感じ、目で菫の微かな動きを感じ、耳でハープの音を感じる詩人。この詩にヴォルフが、まさに春を感じる喜びが弾けるような曲を付けています。シューマンの付曲もとっても素敵ですが、私はヴォルフの方がしっくりきます。3月の生徒さんたちの発表会でこれを私も歌おうかと思っています。
ところで、7行目の「お聴き」という命令形は、自分に対して言っているのです。ドイツ人は独り言を言う時、自分を二人称化します。「おまえ、バカだなあ」なんてね。側にいるとドキッとします(笑)。これが自分への呼びかけだということを翻訳で伝えるのも難しいですね。