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シラーとベートーヴェン

今月、1年振りに熊本日独協会の例会が開かれることになり、講話を依頼されました。昨年がベートーヴェン生誕250年だったことから、何かベートーヴェンに関する話をとのことで、それでは第九の「歓喜の歌」を取り上げようと思い、昨日はその原稿づくりをしました。
シラーの詩「歓喜に寄す」は、初稿では「自由に寄す」という9節から成る長大な詩でしたが、当時の政治状況からタイトルにも内容にも若干の修正を余儀なくされています。一方ベートーヴェンは、22歳の時に「歓喜に寄す」の初稿に出会って深く感動し、それから30年以上の歳月を経た54歳の時、「交響曲第9番」の終楽章としてこの詩への付曲を成し遂げました。

シラーもベートーヴェンも、ドイツ観念論の大哲学者カントの思想に大きな影響を受けています。実は今ちょうど、哲学の講義を担当している大学でカントの思想を2回にわたって紹介している最中なので、原稿を書きながら、シラーとベートーヴェンを繋いでいるのはカントなんだなあ、と感慨を深くしました。カントは一筋縄ではいかない哲学者ですが、彼の「意志の自律」という思想には私も共感します。人間には理性が具わっているから、その理性が命じる道徳律に自ら進んで従うことが人間の義務であるという考え方です。欲求や本能に支配されることは「不自由」、理性の命令に「みずから進んで」従うことが本当の自由だというのが「意志の自律」です。

理性が人に命じているのは「無条件の命令」で、もし自分にメリットがあるなら人を大事にせよ、などという条件付きの命令ではない、とカントは言います。シラーは特に「人を単に手段としてのみ扱ってはいけない。常に同時に目的自体として扱うべし」というカントの言葉に感銘を受けたようです。またベートーヴェンは、友人たちとカントの読書会を行うほどカントに傾倒していて、「われらがうちの道徳律と、われらが頭上の輝ける天空!カント!!!」という書き付けを残しているほどです。「歓喜の歌」の中にも「輝ける天空」という言葉は何度も出てきますね。

反骨の詩人シラー、困難な人生を強い意志で生き抜いたベートーヴェン、理性についてとことん考え抜いたカント。3人を並べると「徹底的」という言葉が浮かんできます。良かれ悪しかれ、これぞドイツ魂という気がします。

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